『プロ用噺家前座マニュアル』 ..その1 
 

  インターネット初登場。落語家生活37年の円丈が製作したプロ仕様噺家前座マニュアル!もう、これを読んでその通りに実行すれば、シロウトの皆さんも名前座になれる。心して読まれよ。 三遊亭 円 丈


 前座、心得の事

一つ.前座は人間にあらず芸人にあらず前座なり
一つ.前座に幸せはない。あるのは修行のみ。
一つ.前座に言い訳する権利はない、ただ謝る!
一つ.世渡り上手の前座は仕事を貰い、賢い前座は芸を盗む
一つ.良く働く名前座に大成なし 
           円 丈




 前座の仕事内容

 東京落語界では修行に一環としての前座制度(3〜4年)がある。楽屋では殆ど人間扱いされず、楽屋をはいずり回る。大変つらい! 芸人とはそもそも世間的には、ダラッとして一生過ごす職業、そんな人生の中で一度ぐらいビシッとする時期があった方が良いのである。
  しかしその前座は寄席の番組進行がスムーズに行くようにサポートし、その潤滑油になるような役目をする。
前座一人では全ては出来ないので立前座が中心となって役割分担する。大体、各寄席に4〜5名いる。

 【前座ランク】
見習前座 ・・楽屋入りを認められてから半年。仕事は一番多い期間
中堅前座 ・・半年〜2年ぐらい、少し手を抜くことを覚えた頃。
立前座・・・・・一番古い前座、楽屋から舞台進行など全てを差配する

仕事  仕事の内容 前座階級
見てるだけ 見習として楽屋入りして1.2週間ぐらいは楽屋の様子を見てるだけ。それが終わると地獄の日々がはじまる。 見習前座
高座返し 座布団を返したり、見出しを直したりの仕事。主に新米前座の仕事であり。この場合のタブーは、絶対の客席をみてはならないと言う不文律がある。客席を見ると叱り飛ばされる。要注意だ。 見習前座
気替えと着物たたみ 二ツ目以上の噺家、色物などの出演者の着替えを手伝い、終わったら着物をたたみ、カバンにしまう。しかしその師匠により、着替え方やたたみ方が違うので意外と難しい。 中堅以下の前座
お茶を出す 楽屋入りした時、下りた時の2回は最低2回は出す。おいしいお茶を入れる前座は評判がいい!そして必ず座布団に座ってから出す! 見習前座
割を渡す

こ寄席のギャラ(割)を各師匠方に渡す。渡すのが遅い時や、立って渡すと怒られたりする。意外に神経を使う

立前座
ネタ帳  誰がどんなネタをしたかをつけて出番前の師匠に見せ「お願いします!」と言う。前座も立になると師匠方の話に少しは入って行けるようになる。これももちろんその師匠による。 立前座
出番調整  あとが来てない時は上がる師匠に「あとがきておりません!」と頼むとか、伸びてる時は、短めにお願いする。演芸の進行全体の責任者。穴が開いたら自分で上がる 立前座
太鼓を叩く  中堅前座が叩く。太鼓を叩いていた方が、高座返しや、楽屋で正座してるより、楽なので中堅前座が太鼓を叩くことが多い。 中堅前座
見送り  師匠方が帰る時、楽屋口までカバンを持って見送り、もちろんその師匠のクツを既を楽屋口に揃えて置く、雨降りは傘も覚えるようにする 前座
謝る  大体、なんかあると「前座〜っ!」と言って怒られる。言い訳すると「前座のくせに!」と更に怒られる。何かあればとにかく「謝る!」これも前座の大切な仕事である。 前座




 
 楽屋の挨拶と礼儀

 前座は先輩、師匠方は楽屋入りや、高座に上がる時、下りた時、帰る時、1人につき最低計4回は挨拶をする。挨拶する機械と思うべし。まずキチンとした挨拶が、出来ないと「今度の前座は与太郎だ!」となってしまう。

先輩、師匠の楽屋入りの時
全て
    ・・「おはようございます」
師匠方が高座に上がる時
    ・・・「お願いいたします」または 「ご苦労様でございます!」
師匠方が高座を降りてきた時
    ・・「お疲れ様でございました」
師匠方が帰る時
   ・・ 「お疲れ様でございました」
自分が高座に上がる時
   ・・正座して楽屋全員に「勉強させていただきます!」
お茶を出す時
   ・・・必ず「お茶でございます」と言って出す。


 先輩師匠の呼び方

先輩の前座、二つ目
 ・・・「アニさん」と呼ぶ。名前付きでは「天どんアニさん」と呼ぶ。
真打、紙切り、太神楽は
 ・・・「師匠」と呼ぶ。
漫才、講談、奇術は
 ・・・ は「先生」と呼ぶ。
下座のお囃子さんは
 ・・・ 「お師匠さん」と呼ぶ。

 
 楽屋でのはなし方

通常の言葉
  ・・・ 「〜ございます」と言う。
何かを頂いた時
  ・・・ 「ありがとうございます」仮にあめ玉1個でもお礼を言うこと。
怒られた時
  ・・・「申し訳ございませでした」仮に自分が悪くなくても謝る。
「前座〜っ」と呼ばれたら
  ・・・「ハ〜イ!」と大きな声でその師匠のところに駆けつける。
大勢いる楽屋でお茶を出す時
  ・・・ぶつかりお茶をこぼしたりするので必ず「お茶が通ります!」と言う
楽屋の電話では
  ・・・真先に出て明るい声で「末広亭楽屋でございます」と言う。電話は声しか聞こえないので必ず高く明るい声で話す。

 
 楽屋の作法

 最初の楽屋入りをすると全ての芸人の中で自分が一番下になる。落語の世界は1日入門が早いだけ王様と乞食ほど違いがあると言われるところ。このことを頭の入れずに同じ前座だからとなれなれしい口を聞くととんだしっぺ返しを食らう。前座と言うのは、人間と思わず前座と言う動物であると思って行動するようにしよう。

和室の楽屋では
 ・・・ 基本的に全て正座しての応対が基本中の基本である。
楽屋で前座の飲食は禁止!
  ・・・絶対いけないことになってるので、隠れてこっそり食う。.

言われたことは全て仕事だ
 ・・・ある師匠が「馬券を買ってこい!」と言ったらそれは、もう立派な仕事。師匠方に言われたことは全て公式の仕事なのだ。ここが会社と違うところ。
楽屋で座布団禁止
  ・・・前座はどんな場合も楽屋で座布団に座ることは許されない。 また楽屋が前座だけになっても座らないコト!それを見てた他の前座がつまらないことを言いふらす場合もある。余計なトラブルは避けろ。
師匠、先輩に対して立って用をする
・・・絶対にしてはいけない。特に座ってる師匠に立って用をすると叱りつけられるので用心する。


 
 良い前座とは?
どうすれば評判の良い前座になれるかここに記す。ちなみに円丈はとても気の利かない評判のさほど良くない前座だった。しかし前座観察だけはしてた。

好き嫌いを出すな!
 どんな師匠にも公平に親切にすること。これが自分の仕事に繋がる。人を見て手を抜く前座は油断がならず、そのこと自体を観察されている。また自分の師匠とあまり仲良くない師匠には、なんとなく嫌う前座がいるが、師匠は師匠だ。分け隔てなく接すること。そうすればそのうちに良いコトあるぞ!

お茶を何度でも出せ!
  お茶は、きた時一度、帰る時一度だが、別にその間にもう一度だしても良い。お茶を出したと言って怒る師匠はいない。

明るくハキハキが一番
楽屋では暗く陰気でハッキリ喋らない前座は嫌われる。

各師匠の性格に合わせろ
  気の短い師匠の場合ゆっくり着物をたたんではいけない。サッサとたたむこと。性格と癖を飲み込んでそれに合わせることを覚える。本当のマニュアルは自分で作れ。

お礼は二度言うべし
  仕事を貰った場合、祝儀を貰った場合など翌日にその師匠にあったら。「昨日はありがとうございました」「先日はお疲れさまでした」ともう一度言う。これにより、その師匠に対して印象を良くし、自分のことを覚えて貰える。客に自分を売り込む前にまず仲間に売り込め!仕事だって貰える。

忘れ物があったら追っ掛けて行って渡せ
  よく楽屋でタバコとか、忘れ物をすることがあるが、楽屋をでて1〜2分で気がついたら直ぐに追って行き、外にでてその師匠を見つけたら走って行き、渡す。前座にもうひとつの仕事、それは先輩や師匠に自分を売り込むこともひとつの仕事と考えるようにする。

間があれば高座を見よ
 高座にも楽屋にも注意を払わない前座は一番無能だ。実際こんな前座は大した噺家にならない場合が多い。前座同士の下らないおしゃべりしてるヒマに高座を見ろ。うける先輩、受けない先輩、なぜうけて、なぜうけないのか?そこから芸を盗め!

言い訳はするな
 楽屋で下手に言い訳すると「なに言ってんだ。このやろう!」と叱られる。仮に悪くなくても謝った方が、小言も早く終わるし、その師匠に対する印象も良くなる。もっと言えば前座の言い訳が通用するほど甘いところではない。それがいやなら噺家

出がらしのお茶を出すな!
 1.2杯出したら必ずお茶っぱを変えること。出がらしをだすと「おれを馬鹿にしてるのか?」と思う師匠もいる。お茶ッ葉は自分のものではないので。気前良くドンドン新しいのと取り替える。


前座のダジャレは死刑!
 ダジャレは絶対に禁止!下手するとぶん殴られる。また余計なことは言ってはいけない。立前座になれば多少の師匠方の会話に入ることが許されるが、それもあくまでもその師匠による!


前座の先をいつも考えてろ!
 前座と言うのはある一定期間やるものであり、身も心も前座になるな。前座の間に月1本の落語は覚えろ!どうしたら売れるか、受けるか、メシが食えるか、ただ良く働く前座は二ツ目で用なしだ。いつも自分で目標を持て!ぬるま湯に浸るな。


このマニュアルを無視せよ!
 なんだ?散々書いといて。そうなんだ。しかし前座の礼儀作法はあるが、最後の部分は個別的でアバウトなんだ。自分でものを考えて自分だけのマニュアルを作ってほしい。そして欠陥前座だった者が出世することの方が多い!本当に良い前座とはなんなのか?難しい。そして前座はいつも仮の姿だと言うことは忘れるな。



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