最終更新日05/03/29

 落語コラム

円丈のHPってタイトルには、「三遊亭円丈落語の世界」なんて書いてあって、中身は落語が殆どない。いやいや、」反省しとります。まあ、少しずつでも落語の事を増やして行こうとおもってる。まあ、ぼちぼち読んでね。三遊亭 円 丈
第6回
円丈の正座は間違っていて正座ではなく誤座だった。ギエ〜〜ッ!
第5回
座椅子芸円丈。落語がお笑いだ!

第4回
円丈落語、芸の問題点はふたつ

第3回
「落語はすでに終わった?」
第2回
「君は綾小路きみまろを知っているか?
第1回
コラム1--あんたはドライ系、ウエット系どっち?<客分類>
コラム2--新落語分類だよ。男落語に女落語
コラム3--な〜〜んだ、噺家と役者ってツボは同じ?


コラム5 落語はお笑いだ

 座椅子芸円丈。落語はお笑いだ

 生涯お笑い現役!芸人に若手の長老もない。全て現役なんだ。とにかく若手のコントや漫才の中に入ってドンドン勝負したい。これが円丈の願い。仮に80歳になっても若手の中に入って勝負が出来る芸人でありたい。これが円丈の基本的な考え方だ。だから実は以前から若手のお笑い番組に出てなんかネタをやりたかった。「桂芸能社」の桂さんに若手の演芸番組に出してくださいと頼みに行ったら持ち時間3分でなにか新ネタをやってくれと依頼が来た。しかもやるまでに5日しかない。

 

 持ち時間3分でタチで新ネタを!
 5日でネタを作る!きついなと思ったが、しかし後には引けない。客は若い子ばかり。何をやれば、そこで初日に弟子が人ほど集まったので相談をした。円丈の考えたプランは、大昔、椅子を倒し、そこに座ってスペース・シャトルで「宙旅行にでると言う落語があったのでその椅子の部分だけを使ってなにか出来ないか?そこで椅子押しを実際倒してやってみたら。上手く行かない。
  すると天どんが「座椅子にしたらどうです?」

 そこで私が、すかさず「そうか 座椅子を体に括りつけ、それで宇宙旅行をする独り語りでやろう!」
それから無常力のギャグとか、ドンドン出てきた。すると「もう1本、小ネタでつなぐギャグものができそうだ」と言うことになった。
  すると小田原丈がギャグのつなぎの言葉に“引き続きまして」と言うのがいいですね”と言う。
「うん、それをもらおう!」ネタは遊園地のコーヒーカップ、フリーホール、寝台車とか、ドンドン出てきて瞬く間に2本のネタができる。

 もう一人の弟子ガッポリ建設に相談
 うちには今コントをやってる弟子ぐん丈がるので。彼に相談したら前日の夜来てくれて。1本やるのなら小ネタでつないだ方が良い。以前別の噺でホテルのフロントにおいてあるリンを使っていた。それを出したら「これはぜひ使いましょう!」そこでギャグをひとつやったら「リ−ン、引き続きまして」と次のギャグに移る。それからネタのチェックをして受けそうなの新たに追加して。つまらないのをカット!

 しかしこのネタには自信がない。「こんなんでうけるのかねえ?」「師匠、もうバカウケですよ」と言う。
でもまんざらお世辞で言ってるようでもない。それでこのネタを勝負をすることになった。

ウソ!こんなにウケルの?
 当日、ガッポリが付いてきてくれた。場所は浅草演芸ホールの4階の東洋館。ところが客の8割までが、18.9の女の子、おじさんは、審査員意外には4.5人だね。こりゃあシーンとしそうだと覚悟を決めたね。5組の出演者中で一番年上で35才。私が58才!スンゴイ年の差だね。まずリンとカンペを前においてからネタを始めた。ところがなんと笑うのだ?不思議だ。 またたく間にネタが終わった。いやあなんだか受けた!司会のコロッケさんも喜んでいた。
 審査員の東京吉本の支社長横澤氏には「まあ、失うものはないもないわけだから・・」と言われた。チョッと言い過ぎじゃないと思ったが、まあいいか、とにかくやった。とにかくウケタ!これである程度の自信はついた。いやあ、次回も頑張ぞ。おれはお笑い芸人だ。伝統芸能なんぞ。くそ食らえだ!

【座椅子が屋根のつもりで「雨は漏るね。ヤーネ」の小噺をやる。下らないね】
 
 弟子のみんなに感謝!!
 しかし今回はお弟子さんたちに本当に世話になった。今回のネタはだれが作ったのか、みんなの合作と言うのが正直なところだね。今まで随分、弟子を時間を掛けて教えてきた。ホントに正直、イライラしたり、いろいろあった。でもその弟子たちが成長して、その円丈にネタを提供してくれる。うれしいねえ。持つべきものはお弟子さんだ。彼らに感謝したい。



コラム4 円丈落語の問題点はふたつ

円丈落語の芸の問題点はふたつ!

  どうも自分の落語を聞くのがいやでしばらく聞かなかった。多くの噺家が自分の落語を聞くのが嫌いだね。自分の落語に聞き惚れるような噺家はほんの一部。よほどの自信過剰か、ホントに上手いかどちらかだね。
正直、自分の落語を自分で聞くと。欠点ばかりが目立ち。脂汗がたら〜りたら〜りとでてくる。聞いていてイヤになる。恥ずかしい。 だから聞かなかった。しかし今回、自分の落語を10席ほど聞いた。冷や汗がたらり!そして自分の落語の問題点が2つあることが分ってきた。それがコレ!

 問題点1.「言葉を食ってた」

この「言葉を食う」と言うのは全て落語にあるのではなく、一部のネタにあった。どでは言葉を食うとはどういうことか? 落語は一人で何役も演じる芸。二人の登場人物がこんなセリフを話してたとする。
A「昨日、おれは例の店にひとりで・・」
B「チョッと待て!」
  と言うセリフ。 この時、「・・ひとりで」と言ってすぐ次の人物が「チョッと待て!」を被せて言う。 それで「言葉を食う」とは「・・ひとりで」まで言うのを、その手前の「昨日、おれは例の店に」「チョッと待て」と言ってそのあとの「ひとりで」のセリフを食ってしまう。これを「言葉を食う」と言う。

【ではなぜ、言葉を食う現象が起こるか?】
答え:早く次のセリフを言わなきゃという潜在意識から!
言葉を遮って次の人物のセリフを被せて言う時はいつも心の中に早く言わなきゃと言うアセリのようなものがある。だからセリフを言い切る前についフライング気味に「言葉を食って」次のセリフに言ってしまう。大体噺が何十回とやって慣れてくるとさらにその前のセリフも食ってしまう。つまり言葉を食う部分が、増えて来て更に事態は悪化することもある。

 それと良く似たケースで芸人は「語尾を食う」場合もある。これは少し心理状態が違う。例えば「そこへ行ったんです」と言うようなセリフの場合、頭の中には「そこへ行った」が重要な言葉であとの「・んです」の部分は付けたしと考えてしまう。すると高座では無意識の内に「そこへ行った」まで言って。後の「んです」は「言葉を食って」しまう。これも良くあること。

【・・ではそれがどうして良くないのか?】
◎噺の間(マ)が狂う
 間が狂う。これが一番良くない。言葉を食うことによって間が狂い。その落語が芸として崩れてくる。すると受けなくなる。 これは多分、多くの落語が体験してることだと思うけどね。落語が崩れてくるとそれまで受けていた噺が、バッタリ受けなくなる。そこでもう一度、言葉を食わないように、そして最初の間に戻す。再びウケ出すことがある。「言葉を食う!」これは噺家に取ってネタをひとつダメにする。円丈はもうネタを一度チェックしてこの言葉を食う落語を探して元に戻そうと思っている。

◎本来は必要なセリフ
 食ったセリフは、元々必要だったからあった訳だね。それは説明として必要だとか、あるいはその部分が、ギャグだとか、意味があるからセリフがある。それを食うと言うことは説明不足。あるいはギャグが効かなくなる。とにかく噺で「言葉を食って」は碌なことはない。いやいや反省反省!


問題点2・ハッキリしないキャラクターが問題

 もうひとつの円丈落語の問題点が、登場人物のキャラクター化が不十分なことだね。毎度言うけど古典は演じ方まで付いて来る。ケイコの時にご隠居さんはご隠居さん、与太郎は与太郎で演じ方が決まっていて手本がある。
  ところが新作には演じ方はない。自分でその人物設定をしてキャラを作り上げて行く。これはメチャクチャ難しい。例えば56歳のリストラにあった男!どう演じるの?イメージ沸く?49歳の銀行員とか、どう演じるの?つまり設定によってどんな人間が登場するのか?ドンドン違ってくる。これらを実際、新作は演じる必要がある。どうやって演じるの?新作の難しさってこのキャラクターの役作りの難しさでもある。

【円丈落語はキャラが上手く表現出来た時ウケルことが多い】
 そこで考えてみると今まで随分新作を作ってきて。では具体的にどのネタがハッキリしてのるか?それは以下の通り。

【キャラクターがハッキリしてウケル円丈落語】
『金さん銀さん』  あの合せて214才の金さん銀さんを演ずる。全て名古屋弁で演ずる陽気な金さんにやや陰気な銀さん。キャラがハッキリしていてウケタ!ただ亡くなって時間も経ってあまり受けなくなってきたのであまりやらなくなった。
『いたちの留吉』 36年ム所にいた元やくざの留吉キャラが大活躍する。とてもキャラがハッキリしてる。受けるね。
『横松和平』 立松和平のパロディ版でこれもとつとつとレポートするキャラがハッキリしてる。受ける!
『一ツ家公園ラブ・ストリー』 86歳の山口亀蔵の爺さんキャラでコレもハッキリしてる。
『悲しみは埼玉に向けて』 これはひとり語り!キャラがない!逆にひとり語りの強烈なキャラとも言える。「グリコ少年」の同じひとり語り。これは逆に聞き易く集中し易い。

 【そして結論】
どうも今まやって来て、台本は面白いのに受けない噺のその原因のかなりの部分が、キャラクター化が不十分だったせいがあるね。受けない原因の半分はそうせいだと思うね。それなら台本はそのままにしてもう一度キャラクター作りをキチンとすれば、ものになるネタもそれなりにあるのではないか?と考えている。 大体、今までシナリオ至上主義者でシナリオさえ良ければと思ってきた。もちろんシナリオは今後も大事にしていくが、それと共に芸として!どう演じるか大切に!

今後の円丈は、キャラ作り、間など芸に精進します!

       ほんまかいな??
 

コラム3

な〜んだ、噺家と役者ってツボは同じなの?

 今、ケーブルテレビに加入してて多チャンネルでもうビュ〜〜ッとチャンネルを回す。そこで5回ほど遭遇して見たのが、アメリカの番組で俳優インタビュー番組なんだ。噺家が見てても勉強になるね。以前 ロバート・デ・ニーロ(1943年8月17日米・ニューヨーク生まれ)が出た時
司   会「役者にとって一番大切なものは?」
デ・ニーロ「洗練です、嫌いなもの。野卑です!」
と答えた。そこで「なるほどねえ。・・そう言えばオレの芸は洗練されてないなあ」しみじみ思ったね。受けないとどうしようと不安からついオーバーになる。洗練された円丈落語。一度はやってみたいね。見ていておもしろい。

 それで何回か聞いてる内に俳優と噺家って演じ方のコツは同じなんだと気付いた。 役者の意見で多いのは「相手の台詞を聞くことが大切」だね。つい先日見たハリソン・フォード(1959年7月13日、米・シカゴ生まれ。演劇学校を卒業後、舞台をへて、66年「現金作戦」の端役でデビュー) 彼はその中でも特に話を聞く代表格だね。
「役者で何よりも大事なこと。それは相手の話を聞くことだ」
と言い切った。

  つまり台詞を喋ってない時の方が一番大切だと言うんだね。 そして落語では一番大切なものは間(マ)だね。では基本的に間とはなにか?例えば落語のご隠居さんの台詞が終わり、それを受けて熊さんのリアクション(これが間)がある。そして熊さんの台詞になる。つまり台詞と台詞の間の連続。もちろん台詞のあいだに間(マ)がないような間(マ)もあれば、長い間(マ)もある。 落語で一番大切なのは台詞ではなく「間」!つまり相手の台詞を聞いてる間(マ)なんだ。
  そして演劇も大切なのは自分の台詞より、相手の台詞を聞いてる時の方が大切だと言う。
つまり 演劇も落語も台詞を喋ることより、聞いてるリアクションが大切なんだ。 1人1役の演劇と1人何役もやる落語。形式は違っても実はコツは全く同じなんだね。良く考えたら当然なんだろうね。

舞台に上がる時の心構えも結局、同じ?

 それともうひとつ、舞台や高座に上がる時の心構え。これも同じなんだね。噺家は「とにかくオレは上手いんだという気持ちで上がれ!」と言うのが一般的だね。
  一方、俳優の方は?先日、その番組出ていた役者(60〜70年代に映画で良く見たヒゲをはやした男優、名前わすれた。ゴメン!)
は言った。彼が演劇学校で先生に教わったのは
「自分はまず大地に立っている。その大地の中心にはマグマが燃え盛っている。その炎はまず足の裏から。足、膝、腿・・やがてそれは全身に炎が満ち溢れる。どんな端役であってもこの大地の炎が、漲るように、そしてドッシリと自信を持って演じなさい!」
と言うことだった。
  これと同じような意見では先年亡くなった花柳徳衛さんが、「世界でオレが一番上手いと思ってやれ!」と言ったそうだ。これもいいねえ。 しかし「私がが世界一!」と言う自信より、大地から生えて燃え盛っているような自信の方が上だね。「私が世界一」では底が浅い! しかし落語も演劇もその肝となる部分って同じなんだね。 ・・とつくづく思う今日この頃でした。おそまつ



コラム2

新分類!男落語と女落語

 10年以上前から芸能の世界で「これからは女性に受けないモノは 生き残れない」と良く言われた。そしてそれは殆ど真実になってき た。しかし自作の新作落語をやってきて、ネタの中で男女によって ウケ方が違うのに気が付いた。そうか、自分のネタの中には男性に ウケる男落語に女性にウケる女落語があることに気が付いた。では 一体どんな噺が男落語でどれが女落語なのか。三遊亭 円 丈

映画、小説の女性向きと男性向き
  まあ、考えれば当然で映画や小説にも女性向きと男性向きがある。 恋愛小説は、やはりファンの多くは女性であり、ハードボイルドは 男性向き。そこには男テーマと女テーマがありそうだ。 「男性向きと思われるテーマ」 これらのものも時代的には当然変わってくる。

【男向きもの】
テーマ  内 容 
戦い 戦争映画、西部劇、時代劇、スパイ映画 、ハードボイルド戦闘的、戦略的で友情と裏切りなどがテーマ。
趣味、オタク世界 オタクは基本的に男性が圧倒的に多い。
エロティシズム 早い話エロ映画、しかしこれからは女性用エロティシズムが出てきそう。早晩、男専用ではなくなりそう
ギャグもの ギャ グ映画純粋なより高いクオリテイのギャグを好む

 しかしこれらの男性向けテーマは、殆どが昔の勢いをなくし、廃れつつある。これは世界的潮流のようだ。これは男としての性の衰退か?地球規模で今、人類は女性化しつつあるのか?いかん!男の危機だ!!


女性向きテーマ
テーマ   内  容 
愛と別離 ラブロマンスと共に悲劇の要素も入ってくるラブロマンス、二枚目モノ、母モノ。 恋愛--愛と憎しみ、情緒的
現実と生活  
アイド ル アイドル性---キャラクター性の強い。
恐怖物 もちろん、男も喜ぶが、女性は遥かに喜ぶ

ギャグ-は純粋の高いものより、やや軽めのギャグか、生活感ある ギャグや、主人公に同化して感情的、主観的な笑うが、多い。いは キャラクターの同質化した笑いを好む傾向が強い。この傾向は今後 変わっていくのか、どうか楽しみだ。以上ことは、今までの社会常 識などから来ている部分もあり、これからは変化して行く可能性が ある。しかし女性が、戦争映画に熱狂したりすろと恐い。

古典落語の男女性
古典落語が基本的に男社会の時代に生まれ、主に男がやり、男が聞 いたもので圧倒的に男落語が多い。

【男落語】
テーマ  内  容
「男の遊び」 女郎買いもの、博打もの。酒ものラブロマンス、二枚目モノ、母モノ。 恋愛--愛と憎しみ、情緒的
「与太郎モノ」

「道具屋」、「牛褒め」など。ギャグ的要素が高い。女性の落語ファンで「あたしって与太郎モノ大好きって!」って人にあったことがない。

「粗忽ナンセンスもの」 「粗忽長屋」、「掘の内」 (ただ「粗忽の釘」は少しふくらみがある部分だけ、女性度があり そう)
その他の殆どの落語 とにかく落語は男が作り、男が演じるので圧倒的に男落語が多い。

女落語
 テーマ  内  容
愛の落語? そんなのないけど「宮戸川」「紺屋高尾」「替り目」など男女が出てくるラブロマンスと言うほどでもないが、わずかにあるのが女落語
人情話
「妾馬」「火事息子」などホロリとさせられるもの。
怪談もの 「牡丹灯篭」「四ツ谷怪談」など その他、生活感のあるもの、などが女落語になりそうだ。
長屋生活もの 女落語と言う訳ではないが、長屋のオカミサンが出てきて生活感のある落語は、女性にも受けそう。


円丈落語で明らかに女性に受けない男落語

そこでハタと考えると自作の新作の中には、どうも女性にウケが悪いのがある。それが実は男落語だと思う。では円丈の男落語とはどんな噺?それはコレ!!

「噺家国際戦略2001」
国際金融と国際関係と落語界のパロディ的ナンセスン落語。これは どうも女性に受けは良くない。かなりのナンセンスギャグでこれが女性にはまず受けない。第一「戦略」とついている通り。女性に戦略は受けない。中、米、ロの3国の軍隊が、東京の寄席でにらみ合う!この設定。どうしたったて女性がそう喜ぶとか思えない。でも男性客には結構、面白がられる。やはり完全な男落語な のだ。

「ランボー怒りの脱出」
アクション映画「ランボー怒りの脱出」をそのまま落語のアクショ ンに置き換えるナンセンス落語。アクション映画自体が男映画! しかもそれパロディ化している。山場がヘリとヘリとの空中戦。これじゃ女性は喜ばない。今度「タイタニック」を落語にしよう!やはり男落語だ。

「ランゴランゴ」
国際化の今日的落語。イスラム系の外人が噺家の前座になり、さらにアフリカ系落語家が登場し、アフリカの言葉でワメキながら落語をやる。この落語、美しくない。しかもバカバカしいだけ。これもどうやっても女性が大喜びする訳がない。やはり英国貴公子ウインストン卿が、江戸落語に惚れ、噺家になり、 人情噺をして世界を泣かせるなんて筋に変更しないと女性ウケはないね。しかしもっと女性が進出してくればこの噺がバカウケに..。ならないね!

「燃えよ、ジジババ」
 火葬場で隣り合って釜に入ったジイサンとバアサン。それぞれの大バカ遺族が、どっちが先に焼けるかを賭けをし、「ばあ さん、早い焼けろ!」と焼きを競うブラック.ジョーク.スト ーリー。この設定自体、絶対女性は喜ばないコト受け合うね。ギャグのためギャグのような落語もダメだね。でも良く考えるとこのネタ、男にも受けない...。じゃあ、誰が喜ぶ?仲間が、大喜びするネタだね。

円丈ネタの女落語
結構少ないような気がする。ありそうだけど胸を貼って女落語と言 えない。次回までに公表する。次回って何時?まあ、まあ!

コラム1

あんたはどっち  ドライ系とウエット系---客分類


 どうも長いこと芸人をしてきて。気付いたことがある。実はお客さには、ドライ系とウエット系があることに気がついた。それは...。

ドライ系 どこまでも笑いたがる
ウエット系 スキがあったら泣く

  【ドライ系のお客さん】
  悲しくなる噺でも抵抗して、少しでも面白 いとこを見つけて笑おうして。悲しくなることに抵抗する。基本的にナンセンスギャグとか、ブラックジョークとか、純粋に笑いそのものがすきな人が多い。

 【ウエット系のお客さん】
一方、落語の雰囲気が好きで良く笑うけど。少しでも悲しくなりそうな雰囲気を察知するともうハン カチを用意して待ち構えてる。 少し悲しくなるとジーンときて「いやあ、いい噺だなあ..ポロリ!」涙をこぼす。もちろん、その中間のタイプもいるし、時と場合によって違うこともあるが、大体、ドライとウエットのどちらかに分かれるね。

 【その理由は?】
 これは、落語を聞いた回数ではなく体質的なもの。喜劇と悲劇のどちらを好むかの違い。 一体、あんたはどっち?ドライ系、ウエット系?なにそう言うお前 はどっちなんだ?そう若い時はかなりのドライ系だったが、中年に なってきてウエット系が強くなったかもしれない。



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