プロ仕様前座シリーズ第2弾
 

  指導 三遊亭円丈 稽古者三遊亭かぬう

  今回の古典落語
『穴子でから抜け』その1(3回シリーズ)
 三遊亭はこの「穴子でから抜け」が、最初の入門編の落語。これから入った芸人が三遊亭では本寸法と言われたと言う。この噺、客で聞けばアホみたいなもんだと思うかも知れない。しかしやってみるとムチャンコ難しい。
しかも稽古中は性格が変るろ言われる鬼の円丈!8分の噺に2時間の猛稽古。出来ない弟子は恫喝までし、中には震え出す奴のいる。落語は言葉の曲芸なのだ。では具体的にどう注意しているのか? 三遊亭円 丈

(苦労するよと泣きが入る円丈)

【円丈一門稽古方式】
  まず円丈が、カセットに落語を吹き込んで。弟子がそれを覚える。1週間ほどで覚えて来てから殆ど落語特訓!かぬうはこの噺を10時間ほど私の前でやったが、まだ上がらない。計5席ほど直接教える。その時の上達は目覚しいものがあるが、それ以後、古典を真剣にやらないせいか、うちの弟子はがっくりと上達のスピードがおちる。

 『穴子でから抜け』(3回シリーズその1)
指導 三遊亭円丈 稽古者三遊亭かぬう

 お笑いを一席申し上げます。良く落語の方には、馬鹿を取り扱った噺というのが出てきまして、ひとくちに馬鹿と言いますが、いろいろな種類があるようで俗に四十八馬鹿、あるいは百馬鹿なんて事を申しまして、中にこの親子3人の馬鹿という、弟が屋根にあがって物干し竿を振り回しておりますと
兄「お〜い、おめぇ、そんな高けぇ所で何してんだ」
弟「ハハハハハ。あんちゃんか。ヒャヒャヒャヒャヒャ。今ね、あの、お空でピカピカピカピカ光ってんのね、この竿でね、はたき落とそうと思って」
兄「馬鹿だな、おまえは。え〜、そんな短けぇもんで落ちるか」
弟「へぁ?落ちねぇかぁ」
兄「もう1本つなげぇ〜」
何本つないだって、星は落ちやしません。そこに今度はオヤジの馬鹿が
オヤジ「おいおい、おめぇ達は二人して何をしてんだ」
弟「あの、今、あんちゃんと二人でね、お空でピカピカ光ってんの、この竿でね、はたき落とそうと思って」
オヤジ「そんなものはな、いくらやったって、落ちやしねぇ」
弟「へぇっ?落ちねぇ?じゃ、あの光ってんのは何だい?」
オヤジ「ありゃ、雨の降る穴だ」 うまい事考えたもんで



なんだ?今回、たった小噺ひとつだけ?

実はそうなんだ。しかしこのたったひとつの小噺に円丈はこれだけの小言を言っている。ではこれを細部で見て行こう!(円)

 (細部その1)
  お笑いを一席申し上げます。良く落語の方には、馬鹿を取り扱った噺というのが出てきまして、ひとくちに馬鹿と言いますが、いろいろな種類があるようで俗に四十八馬鹿、あるいは百馬鹿なんて事を申しまして、中にこの親子3人の馬鹿という、弟が屋根にあがって物干し竿を振り回しておりますと

【ここでかぬうが注意されたことその1】
こらあ、かぬう!声が小さいぞ。喉から声を出すな。腹から声をだせ!まだ小さ〜〜い。とにかく最初は大きな声でハッキリ話せ。まだ小さいお前は基本的には声量がある。まだ出る。死にもの狂いでだせ〜〜〜っ!

【ここでかぬうが注意されたことその2】
どこ見て話してんだ。最初は正面をキチッと見てマクラをやるんだ。はにかみながら落語やってどうするんだ。てめえはプロなんだ。

【ここでかぬうが注意されたことその3】
こらああ、かぬう!お前はブツブツ言葉が切れるんだ!
「良く落語のほうには」「バカを取りあつかった噺というのが」「出てきまして」ブツブツ切れるじゃねえか。連続させろ!落語の流れが途切れるんだ。今そのくせを取らないと一生後悔するぞ。てめえ。もう一回やって見ろ。・・ほ〜〜ら.途切れてるだろ。...全然治ってねえ。もう一回だ。やれ〜〜〜っ!


 (細部その2)
兄「お〜い、おめぇ、そんな高けぇ所で何してんだ」
弟「ハハハハハ。あんちゃんか。ヒャヒャヒャヒャヒャ。今ね、あの、お空でピカピカピカピカ光ってんのね、この竿でね、はたき落とそうと思って」
兄「馬鹿だな、おまえは。え〜、そんな短けぇもんで落ちるか」
弟「へぁ?落ちねぇかぁ」
兄「もう1本つなげぇ〜」
何本つないだって、星は落ちやしません。


【ここでかぬうが注意されたことその4】
 おい、かぬう!竿をふらふら持つんじゃねえ。竹の物干し竿がそんなに簡単に動くか?軽く持てるか?重量感を出せ。腕に力を入れてしっかり持つんだ。それはセンスじゃない。物干し竿だ。グッともて!重いものがそんあにふらふら動くか、竿は持ったら動かすな。バカタレ!(ここで思わず刀を抜く仕草してしまう)なあ。こうして刀もその重量感と長さを表現するんだ。力をグッと入れて重量感を表現するんだ。
(注意されて大分しっかり持つようになったかぬう)

【ここでかぬうが注意されたことその5】
かぬう!なんだ?その声は!相手は屋根の上にいるんだ。その遠さを声で表現しろ。なんのために前に『八九升』を教えたんだ。あれは声の遠近感をマスターするためのもんだ。ぼやッとしてるんじゃねえ。なぜ活用しないんだ。あの遠近感は全ての落語に使えるんだ。いいか古典も新作も関係なく遠近感は、オールマイティなんだ。しっかりやれ!声を遠くに送る感じで少し調子を上げろ。

【ここでかぬうが注意されたことその6】
かぬう、いいか?お前の目!死んでるんだよ。目が!どこを見てるんだよ。えっ、この辺です。この辺じゃあねえ。ある一点に決めろ。決めたらあとず〜〜っとそこを見ろ。もう一回!・・・やっぱお前の目は死んでんだよ。目が!えっ、一点に絞りました。
  バカ、その一点に焦点をキチッと合わせてるのか?見ろよ。キッと見るんだ。・・もう一回!・・だから死んでるんだよ。俺の顔を見ろ!今見てるだろ。俺を?そう言う風に見ろ。もう1回。・・うん、少しだけ良くなった。良いか、そう言う風に見ろ〜〜〜〜っ!

【ここでかぬうが注意されたことその7】
臭いよ。臭いよ。お前の芸は・・もう寒気がするなあ。良いか、おれはフラのある芸人で少しぐらい臭くてもどうでもなる。お前は全然ふらがない。それがわざとらしい演技だとムチャクチャ気持悪いんだ。お前はアッサリ系の芸で行け。知性とか品とかそう言う方に行け。押えろ!押えた芸で行け。

【ここでかぬうが注意されたことその8】
かぬう、「そんな短けぇもんで」に力を入れてそのアトの「落ちるか?」で声が下がったろ。上げろ!「そんなみじけえもんでおちるか〜〜あ」と声を上げるんだ。ここで声が上がるから派手で明るくなるんだ。下げるな。そんな奴は売れねえよ。とにかく上げろ!・・上がってねえよ。同じじゃねえか!もう1回・・あ〜〜あ、まあ今はそんなもんか。

【ここでかぬうが注意されたことその9】
 こら、どこを向いてるんだ。このやろう!上下(かみしも・・左右を向くことを言う)は左右対称に振れ!柳家が10度の角度なら三遊亭が15度だ。柳家より、首の振りが大きいんだよ。左に15度なら右にも15度振れ。
兄貴の振り方が50度で与太郎が15度!バラバラだ。違うだろ。ホントに。左右対称に振れ!上下を向く角度も対称だ。忘れるな。

(かぬう、首を振りすぎだ。壊れた扇風機か!!)

 


  (細部その3)
 そこに今度はオヤジの馬鹿が
オヤジ「おいおい、おめぇ達は二人して何をしてんだ」
弟  「あの、今、あんちゃんと二人でね、お空でピカピカ光ってんの、この竿でね、はたき落とそうと思って」
オヤジ「そんなものはな、いくらやったって、落ちやしねぇ」
弟  「へぇっ?落ちねぇ?じゃ、あの光ってんのは何だい?」
オヤジ 「ありゃ、雨の降る穴だ!」
  うまい事考えたもんで

【ここでかぬうが注意されたことその10】
なんだ、なんだ、そのおやじは?おやじもバカなんだ!キャラクターを一定させろ。

【ここでかぬうが注意されたことその11】
与太郎を作って表現しようと思うな。臭いんだ。お前のは!お前がバカになれ。与太郎は喜怒哀楽が素直に出ていろんなことに興味をもつんだ。お前がそうなれ。大体、お前は感情表現が下手なのは心に鍵を掛けているからだ。その鍵をこじ開けて心を解放しろ!その沸きあがる感情を言葉を流すんだ。

【ここでかぬうが注意されたことその12】
こら小噺のサゲは一気に行け!
「・・あの光ってんのは何だい?」(一瞬のブレス)「ありゃ、雨の降る穴だ!」これを一塊と考えて一気にいけ。良いか小噺、落語のラストは全て畳みかけてトントンと行く。全部の落語に共通することなんだ。ラストに無駄な言葉、間を一切入れるんじゃねえぞ。一気だ。一気。もう1回だ。やれ!

【ここでかぬうが注意されたことその13】
 こらこらこら、まただあ。「雨の降る穴だ」で調子が下がったろ?「雨の降る穴だ〜〜あ!」と調子を上げろ!下げるな。抜けるように言い放て。いいか「雨のふる穴だ〜〜あ!」とこう言うんだ。
  やって見ろ。・・う〜ん、下手だな。違うんだ。大きな声をだしゃ良いってもんじゃないんだ。もう1回・・うん、まあ、そんあもんか!

(どうしてそう覚えがわるいんだ。と思わず首を締める円丈)

 

【かぬうの感想】
・入門するまで、師匠の新作しか知らなかった私は、師匠の古典を聞きショックを受けた。師匠の古典はめちゃくちゃおもしろい。だが、同じ噺を私がやると、めちゃくちゃ臭く、売れない芸人そのものになる。いやぁ〜落語って難しい。それにしても師匠の古典が聞けるのは、弟子の特権か!お稽古テープを編集し、「円丈裏落語コレクション!」を師匠に黙って海賊版で発売して儲けるぞ!ホントかよ?

・あまりにも厳しい稽古のため、師匠宅からの帰りに、綾瀬川に飛び込もうとしている所を、通りがかりの与太郎さんに助けていただき、与太郎さんから10円貰った。現在、その時の与太郎さんを思い出しながら、自分なりの与太郎キャラを発見しようと思っているが、なかなか・・・


【かぬうの覚書】
  通常、三遊亭で最初に教わる噺。この後で『八九升』を教わるが、師匠が『八九升』より教わったので、『八九升』の次に教わった。『八九升』の方が難しい。
・典型的な与太郎話。 相手をバカだとみくびっていると痛いめにあう事を滑稽に描いている。  前半では、与太郎より万さんの方が優位に立っているが、 最後の当てものの出題により、じょじょに形勢が逆転し、与太郎の方が優位になっていくある種の「不気味さ」をうまく表現できればいいと思う。


次回はシリーズ第2回。酒のカスの小噺になる。こんなに小言をいったらもう言うコトがなくなるだろう?とんでもない。小言なんて無限にある。次はこれの倍は言うぞ。かぬう!覚悟は良いな。逃げるなよ!(円)

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