Xaaa5465.gif (1197 バイト)Xaaa5469.gif (1197 バイト)千葉狛犬アレコレ 其の一Xaaa5469.gif (1197 バイト)Xaaa5465.gif (1197 バイト)

切手になった狛犬
香取神宮/佐原市
陶器/古瀬戸黄釉 製作年/鎌倉時代後期(1192〜) 

 先ず千葉県の狛犬で、最初に紹介しなければならないのは、香取神宮の狛犬でしょうか。
国重文に指定されており、材質は古瀬戸黄釉で、年代的には鎌倉時代後期とされています。(陶器製の狛犬で、鎌倉時代以前の古いものは知られていないようです。)
 高さは約18cmですが、写真で見るよりも実物はもっと小さい感じを受けます。この種の狛犬は、絵馬のように神社に奉納されたり、魔除けか飾り物として使われていたらしく元々それ程大きなものはなかったのではないかと思われます。
 そして実はこの狛犬が、昭和51年7月発行の250円通常切手の図柄になっているのです。数ある狛犬の中から選ばれて、切手の図柄になると言うことは、これは大変なことなんだと、勝手に解釈して千葉県の狛犬達のために喜んでいる次第です。
 因みに同じ陶器製で、沖縄のシーサーが昭和57年に沖縄復帰10周年記念切手として、発行されています。
 これ以外にも狛犬が切手の図柄になっているものがあるのかどうか、調べたことがないので分かりませんが、若しご存知の方があれば教えて戴きたいと思っております。

香取神宮.JPG (16519 バイト)

クリックすると大きくなるよ

香取神宮切手.jpg (14019 バイト)
狛犬の切手

クリックすると大きくなるよ

シーサー切手.jpg (20016 バイト)
沖縄シーサーの切手

クリックすると大きくなるよ

金谷神社.JPG (16815 バイト)

クリックすると大きくなるよ

備前焼き狛犬
金谷神社/富津市金谷 
備前焼き 安政四(1857)年四月吉日  備前国伊部住 木村盛治清近

ついでに陶器の狛犬を紹介しておきましょう。富津市金谷神社の社頭にある備前焼きの狛犬は、殆ど破損個所が無い見事なものです。
 前述の香取神宮の狛犬は、大きさから言って参道狛犬には成り得ませんが、この備前焼きの狛犬は石造りの狛犬に伍して、堂々と社頭に並んでいます。
 その昔には備前焼き独特の赤い色が、疱瘡や悪疫避けに効力があると信じられていたとか聞きますが、金谷神社の狛犬の鮮やかな赤色を見ると、成程と納得させられます。備前焼きの狛犬は、全国的に30数基ありますが、その半数は岡山県にあり、千葉県内ではこれ1基だけです。

 

江戸唐獅子
成田山新勝寺/成田市 嘉永三(1850)年九月二十八日

 更に材質が石ではない狛犬の例をご紹介します。成田山新勝寺にあるこの狛犬は、黄銅の鋳物製で叩くと空虚な音がするので、勿論無垢ではなく中は空洞です。
 そんなに古いものではないが、中々立派な狛犬で鮮やかな黄金の部分は、最近塗り替えたものでしょう。注目して戴きたいのは頭上の宝珠です。
 これは江戸狛犬の特徴のようで、関東地方以外には見られないそうです。

成田山新勝寺.JPG (18409 バイト)

クリックすると大きくなるよ

稲荷神社.JPG (18784 バイト)

クリックすると大きくなるよ

宝珠狛犬
稲荷神社/市原市岩崎 文政四(1821)年ニ月吉日

 成田山の狛犬を見た上で、石造りの狛犬に宝珠をつけたものを見れば、これは宝珠で江戸の狛犬だなと判断できるが、風化してくると角だか宝珠だか区別がつくかないようになります。
 写真ではお供えのような宝珠が頭の上に乗っています。
 稲荷信仰そのものが江戸から伝えられて来たものですから、狛犬が江戸の影響を受けているのは当然でしょうか。
 それでこの狛犬は、標準的な宝珠をつけた狛犬で、見ても直ぐに分かるので許せるのですが、まあ次の熊野神社の狛犬を見てください。

 

二コブ狛犬
熊野神社/市原市深城 天保八丁酉歳九月建立(1837)

 市原市深城にある熊野神社の狛犬は、写真で見る通り吽像の狛犬に二コブ駱駝の背中のように、頭の上に二山の凸形が盛りあがっていて、全く訳が分からないのです。
 阿像の方は、はっきり宝珠と分かるものが付いています。しかし吽像の方はどう見ても二コブです。仔細に調べてもこれは後から手が加えられた様子はなく、始めからこのような状態で作られていたもののようです。
 千葉県内でもこれ以外にこのような狛犬に出会ったことがありません。

深城熊野.JPG (20993 バイト)

クリックすると大きくなるよ

 

金剛熊野-前-.JPG (13125 バイト)

−前−

クリックすると大きくなるよ

穴コブ狛犬
熊野神社/市原市金剛地 安永ニ巳(1773)年六月日

 ところで頭の形に就いては、穴といったほうが良い凹みのある狛犬のあることはご存知だと思いますが、何故このような凹みがあるのか、日頃から疑問に思っておりましたので、改めて問題提起を致したいと存じます。是非皆様のご意見をお聞かせ願います。
 写真は、一寸河童と見間違うような怪奇な容貌をしています。そして頭の皿には水が溜まるような大きな穴が開いているのです。
 一般的にはこのような穴は、角が落ちた跡の穴であるとする説明がされています。例えば藤原郁子氏は著者「狛犬」の中で、「穴は昔は角が頭上についていて、取れた跡であると思っている。それも自然に取れたのでは無く、故意にえぐり取ったと見ている。」と述べられています。しかし一つや二つの狛犬ならばともかく、あちこちに在る多くの狛犬の角を取って歩いたとは到底理解出来ないし、抉り取ったとしてもなにか理由がある筈で、この説明では何とも納得できないのです。

金剛熊野-後-.JPG (10892 バイト)

−後−

クリックすると大きくなるよ

角が別造りで、ホゾ穴に差し込んだ角が取れたとする考え方もあります。しかしこれに対しても私は次のような疑問を持っています。

 1.普通見られるように穴の周囲がダレていて蟻地獄のように傾斜した穴では、ホゾ穴として役に立たないのではないか。

 2.角のある狛犬で、角が別造りの嵌め込み式になっているものを見たことがない。角を含めて一石造りのものしか見ておりません。

 3.阿・吽一対の狛犬で、夫々の頭に角穴、丸穴が明いているものがある。(市原市姉崎 姉崎神社)これは単なるホゾ穴とは考え難い。しかしこの狛犬は、阿像を久兵衛、吽像を辰右衛門と分けて作られているので、或いはそうかも知れないが、ホゾ穴としては浅い。
しかし考えれば考える程謎めいた穴です。

 

飯尾寺.JPG (18141 バイト)

クリックすると大きくなるよ

千葉最古の参道狛犬
飯尾寺/長柄町飯尾寺 寛永十(1633)年ニ月造立

 千葉県内で在銘最古の狛犬が、飯尾寺の境内にあります。
 首から胸もとにかけて多くの銘文が彫られているのが、寛永十年二月の造立と読める以外には文字は良く読めません。写真で見るように、たてがみが先端でカールし、バナナの房のように太く纏められているのは、古様を示すもの。素朴な彫りではありますが、胸を張り如何にも伸びやかに作られています。

珍品犬狛犬
城山神明社/君津市久留里 嘉永三庚戌二月(1850)

 素朴さでは負けないのがこの狛犬でしょう。狛犬と言っても普通は獅子で、たまにお目にかかってもせいぜい日本狼であったりして、本物の犬の狛犬には仲々会えませんが、これは正真正銘の日本犬です。「犬飼明神を祖神とするために、この狛犬は日本犬である。」との案内板が建っています。縄のような首輪をしているのが可愛らしい。
 残念乍らもう一方の方は口の部分が欠けて、阿吽がはっきりしません。

城山神明社.JPG (18774 バイト)
クリックすると大きくなるよ

◎狛研TOPに戻る
◎町田さんTOPに戻る